大型台風、閉鎖空間。  大丈夫だ。  きっと彼女は気付かない。  俺は嘘をついた。  急に熱が出てさぁ……身体がダルくて。  だから、ワリーけど、ちょっと来てくんねぇ?  苦しそうに装って電話した三十分後、やはり彼女は来てくれた。  台風は、まだ遠い。  一応病気ということになっているので、布団に横になる。  思ったとおり、やはり彼女は気付いていない。  彼女はテレビを見ない。ネットもやらない。そして新聞も読まない。  この夜のうちに、史上何番目かといわれるほどの大型台風が来るということも、おそらく 知らない。  明日全ての講義が休講になることも、間違いなく知らない。  これから帰ろうとしても、凄まじい強風や豪雨でこの部屋から一歩も出られないだろうと いうことも、絶対に知らない。  今日、この夜と明日丸々。――この部屋で、俺とずっと一緒にいるのだと、彼女が気付いて いるはずがない。  いいタイミングで部屋が軋んだ。  熱下がったねと彼女が言う。  下がったんじゃない。初めから平熱なんだ。  作ってくれたお粥が効いたんだよと、それっぽく言っておいた。  元々身体の調子は良好だが、設定上の体調も回復した。  機は熟し、彼女を抱き寄せた。  テレビは点いていない。部屋の中は静かなものだ。  聞こえるのは部屋が風で軋む音と、大量の雨粒が屋根を叩く音だけ。  分かるだろ? もう暫くここからは出られない。  この台風が過ぎるまでは。  彼はきっと気付かない。  確かにあたしはニュースを見ないけど。携帯もネット機能ないやつだけど。新聞だって 挟まれてる広告しか読まないけど……  でも、今日の遅くから台風が来ることくらい、知ってる。  だってお母さんが言ってたもん。  知ってるよ、そんなの。  台風が来てるなんてことくらい。  あたしが言うと、彼は驚いたような顔をしていて、失礼なヤツだなと思う。  あたしは知ってて家を出たんだよ。お母さんに止められて、それを振り切ってね。  初めから病気じゃないって分かってたよ。  それなのに、なんで来た?――そんな顔をしてるね。  あたしはあなたと一緒にいたいし。  あなたもあたしと一緒にいたいと思ったから、そんな嘘をついたんでしょう。  それなら、お互い、心も身体も一緒になれるよね。  これから部屋の中でどんな音がしたとしても、強風と豪雨がその全てを閉ざすだろう。