おさななじみ屋  周りは大量の女の子で溢れていた。小学生が。中学生も。そして高校生。幼稚園児までいる。  キョロキョロと見回してみた。今一体、俺はどういう状況の中にいるのか――そう思った瞬間。 「ここは幼なじみ屋」  ニュっと、目の前に伸びてきた女に、俺は思わず後ずさりした。 「お、お前どこにいたんだよ!?」 「しゃがんでいた」  無愛想な面で、女は言った。 「…幼なじみ屋って、なんだよ?」 「その名のとおり。人は、"幼なじみ"という言葉にある種の憧憬の念を抱いている。タダの友達と は違う、幼なじみ。ここには多種多様な幼なじみが揃えられている。お前はその中から自分の好み の幼なじみを選択し、そして人生の時間を対価として、過ぎ去ってしまった日々に再び向き合うこ とができる」  …よく分からんが。しかし、固い口調といい、無愛想な顔といい、ちっちゃな体といい……あい つそのままじゃねえか―― 「…要するに、ここに溢れてる女の子を選り取り見取りってわけだな?」 「平たく言えばそういうことかもしれない」  俺は客だ。ここにいるのは皆店の女の子。そういうことだろ? そうと分かれば――  さっき全体を軽く眺めた時に、最初に目についた女の子。見たところ、中学生くらいだろう。可 愛らしいお下げ。子供の頃はお下げの女の子ってたくさんいたけれど、大人になるともう、全くと 言っていいほど目にしなくなる。だから気になったのかもしれない。 「おい、話しかけりゃあいいのか?」 「こちらからコンタクトを取れば、そこからサービスがスタートする」  あいつに似たこの女は、店の女の子ではなく案内役なのだろう。俺の横をピッタリとついてくる。 なんだか、懐かしい気持になる。  …過ぎ去った日々、か。後悔が残っているのは……  …いや。あれはもう、終わったことだ。 「…ねえ、君」  俺は、お下げの子に話し掛けた――瞬間、景色が変わった。  ここは、公園? そして俺の服は、中学の時の学生服だ。体も、少し小さくなってる。戻ったの か?  俺とお下げの子は、力なくブランコを漕いでいる。 「ケイちゃん、野球、惜しかったね……」 「え、なんで俺の名前を……?」 「なんでって、当たり前じゃない。あたし達、生まれたときから今まで、ずっと一緒だったじゃな い。ねえ、神楽ケイ?」  …覚えがない。だけど、まあ、そういう設定なんだろ? 入り込めってことなんだろう。そうか、 と俺は小さく呟いた。  お下げの子の胸についている名札を見た。2年4組、大場里佳子……野球……ああ。 「…まあ、しょうがねぇよ。相手のエース、ヤベぇ球放ってたしさ」 「でもでも、ケイちゃんだって凄かったよ! 一点しか取られなかったもん」  そう、俺は中学時代、野球部でピッチャーをやっていた。ヘボピーだったけど、この時はたまた まいいピッチングができたんだよな……相手が凄すぎたけど。ヤツは、大学出てプロに入ったもん なぁ。そのおかげで、この時のエピソードは俺の持ちネタの一つになってる。風が冷たい。茜空。 そう、あれは秋だった。全てが一致した――この大場さんっていうお下げの女の子以外。  実際のあの日、隣りにいたのはこの子じゃなくて……  お下げの女の子は、ブランコから降りて俺の手を握った。 「…凄かったよ」 「…ありがと」  なんだか、寒風が心にまで吹き込んできたみたい。醒めた心地で、俺も立ち上がった。 「あたし!」  立ち去ろうとする俺の背中に、女の子が叫んだ。 「ケイちゃんが、好き……」 「…ゴメンな、俺、こんなシチュエーションは望んでいなかったんだ。俺は、あの日をそのまま再 現して欲しかった。だから……君の気持には、応えられない」  景色は元に戻った。 「人生の時間を二時間消費した。領収書だ」  あいつは、淡々とした口調で言った。領収書は受け取らなかった。 「これでサービスの内容も理解できただろう。お前は、後悔の残った日に舞い戻り、選択をやり直 すことで――」 「…意味ないんだよ」  あの子じゃ、何の意味もない。  俺がやり直したかったのは―― 「俺は、お前とあの日をやり直したかったんだ。大場里佳子。俺の大場里佳子はぶっきらぼうで、 無表情で、だけど優しくて、温かくて……俺は、お前とやり直したかったんだ!」  俺は今でもお前が好きだ。夢に出てくる、酒を飲んでも思い出す。辛いことがあると、お前の数 少ない笑顔が浮かんでくるんだ。そんなお前が、どうして、案内役なんてやってるんだ!? 「私はサービス人員ではない」 「どうして!?」 「それは、私がお前の本当の幼なじみの姿をしているからだ。このサービスは再現性こそ高いが、 その時の対象までが同一であっては執着が強くなりすぎる。客の性質によっては、永遠に過去の世 界に閉じ篭ってしまう可能性も否定できない。それはこのサービスの趣旨に反する」 「そんなのどうでもいいんだ! 俺はただ、お前と一緒にいたあの日を、もう一度この身で感じた いだけなんだ! それだけなんだよっ!!」 「それはサービスを介さず、現実世界で行うがいい」  突然――下にポッカリと穴が開いた。俺は落ちて行く。  目に焼き付ける。あいつの姿。短い黒髪。白い肌。淡い唇。深い瞳――懐かしく、愛しい姿を。  …消え去るまで。愛しい女の姿を。  …やはり夢だったのか? 俺は布団の中にいた。  だけど、確かに、二時間と少し経っていた。 「…里佳子……」  俺は、携帯のアドレス帳を見た。里佳子の番号。  もう、二年も前になるだろうか。新年の同窓会で訊いた携帯番号。一度も掛けたことはない。今 更だと思って……  だけど、今日は掛けてもいいような気分だ。寧ろ今日掛けられないと、もう一生機会を失っちま うようで恐ろしい。  トゥルルルル……電話音が、俺を焦らす。  里佳子、今は彼氏がいるのかな。まさか、結婚なんてしちゃいないよな……?  「はい、もしもし。小島ですが?」  …誰? 「え、ええっと……大場さんの携帯ではないですか?」 「小島ですけど」 「あ、は、そうですか……すいません、間違えました……」  俺は空しく電話を切った。  早いとこ、地元に帰らないとなぁ……