☆青の濁ったナイフ(作:fu)  俺は旅人。もう心は疲れ果てた。  街で周りを見渡すと、どこもかしこも赤く映る……自分のそんな眼を、この赤いナイフで体から切り離したくなってしまう。  ――もう、限界だ。  質屋に入った。  ――このナイフを、売りたいんだが。  質屋のオヤジは、目を輝かせて俺の右手に飛びついた。 「アンタ、こりゃ……い〜いモノじゃないか! ホントに売んのか?」  ――ああ。このナイフは、血を吸い過ぎて、すっかり赤く染まってしまった。だから、要らないんだ。 「要らない、ってアンタ……全く理解できないが……まあ、売ってくれるならこっちは大歓迎さ!」  赤いナイフは要らない。俺には全く必要がない。だが。  ――赤いナイフばかりだな…… 「他のナイフは売れないからよう。奥に引っ込めてんだ」  早速、赤いナイフを磨き上げながら、オヤジは上機嫌そうだった。俺のナイフだったモノは、この店に並んでいるどの ナイフよりも赤い。きっと、高値が付くのだろう。もしかしたら目玉商品になるのかもしれない。 「青いナイフならあるぜ。子供用だがよ」  ――青いナイフ。  記憶の奥のほうにある。青いナイフの記憶。まだ年端もいかない幼い頃、あのナイフで野菜や肉を切っていた。食糧とする ためのモノを切っていた。自分のためのモノを切っていた。青いナイフは安全だ。青は安全を示す色。他者に危害が加わらない という証明だ。  ――俺が欲しいのは、その青いナイフだ。 「えっ、アンタほどの男が……? まあ、相殺しとくけどよう」  札束を胸にしまって、質屋を出た。  これを元手に、商売でもやろうか? いや、俺に商才があるとは思えない……それに、俺は顔が売れすぎてしまった。自分だけが 殺されるのならいいが、周りの人間に危害が加わるのは、とても困る。  となると、やはり…… 「…おじさん」  小さな子供の声がした。立ち止まり声の方を見ると、俺の腰ほどまでの背丈しかない少女が、スーツの裾を引っ張っていた。  ――なんだ? 「服から糸が解けているよ。切ってあげる」  少女は、青いナイフで、糸の解れを断ち切った。 「はい、切りました。十円です」  そうか、これは彼女の労働なのだ。道行く大人の整っていない部分を整えてやる……ある意味、子供だからこそ出来る労働だろう。 「あ、靴ヒモも解けてますね〜。結びました。はい二十円!」  ――お前……親はどうした? 「死んじゃいました。殺そうとして、でも向こうの人の方が強くて、殺されちゃいました」  殺さなければ殺される。この国は、いつからかそんな風になってしまっている。事実、俺もその流れの中でさ迷っていたのだ。  だが、もう、いいだろう、そんなのは……  ――俺と来るか? 「え? どうして?」  ――お前さんに、将来、そんな風に育って欲しくないからさ。  俺はまた歩き出した。これは強制じゃない。付いて来ないのなら、それが彼女という国民の意思なのだ。  …彼女は、付いて来てくれた。  俺は時に思う。  なぜ、こんな国になってしまったのか?  人が人を殺さなければ生きていけないシステムなど、どう考えても健全ではない。今もこの国のあちこちでは抗争が起き、片一方の 生殺与奪権を激しく奪い合っている。そうして国民は消費され、消耗し――このままでは、やがて、この国は立ち行かない所まで 追い込まれるだろう。  なぜ、こんな時代に……  しかし、すべてを時代のせいにして、一体どうなるというんだ?  こんな国を作ったのは、政治家だ。奴らが土台を作った。しかし、それを体現したのは、紛れもなく俺達国民――人間なのだ。  俺は死ぬのは嫌だ。そして、この子が殺されるのも嫌だ。 「おじさん、これからどこ行くの?」  ――さあ、な。山にでも籠もろうか……  この、青いナイフがあれば、人を殺す以外のことは、大概出来るのだ。