まぎらわしい家  男二人がへべれけになって歩いていた。薄暗い街路をフラフラと、木に小便を引っかけながら。 「ははは、出る出る」 「しかしあれだね、飲み足りないね」 「さっきの店出た時がー、二時だったろ確か。もうやってる店ねーよ。田舎だもん!」 「ここが歌舞伎町だったらなー」  そんな話をしていると、男の一方が何かに気付き立ち止まった。 「どしたい」 「店あるよ、店」 「んぁ? あーマジだ」  そこには目立つ看板もなく、赤提灯がだらりとぶら提がっているのみだった。  赤提灯が下ろされていないということは、まだ営業しているという証明だ。 「こんな時間にやってるもんね」 「入んべぇ」  二人は迷わず引き戸を開けた。  そこは、どこからどう見ても普通の民家の造りであった。  しかし、上がってくださーいと声がしたので二人は特に疑問も口にせず靴を脱いで家に上がった。 「こんばんわ」  部屋にいたのは若い女だった。  二人は顔を見合わせた。  これぜってぇ飲み屋じゃねえべ?  うんぜったい違う。  あのちょうちんはなんだったんだ。  知らねぇ。けどもしかしてここで売ってるのは――  …食いもんや酒じゃなくて身体か? 「寒かったでしょう。あったかいもの食べますか?」  二人の考えなど知らず、女は部屋を出た。ガスコンロのツマミを回したのか、カチッと音がした。  出てきたのはかなり煮詰まった様子のおでんだった。 「で、ビールにしますか? それとも熱燗?」  二人の伸びていた鼻の下はすっかり元どおりになって、おでんの匂いを嗅いでいた。 「…とりあえず生中」 「で、いいや。俺も」  色々不可解な出来事に襲われ、酔いも醒めかかっていたので、とりあえず飲むことにした。 「なまちゅう?」 「えーと、生ビールの中ジョッキ」 「あぁ、そういうこと。すいません、家にはコップしかないんで……」  そう言いながら、女はまた部屋を出て台所へ向かった。そして盆にプレミアムモルツの500ml缶 とコップを三つ載せて戻ってきた。  コップに黄金色の液体が注がれ、二人はそれを一気に飲み干した。前の店で随分と飲んだにも 関わらず、まるで最初の一杯目かと錯覚しそうになる心地良い喉越しに、人心地ついたような気に なった。 「あ〜っ、うめぇ」 「プレミアムモルツの一杯目は最強すぎる……」  美味そうに飲み干した二人を見て、女はニコニコ笑っている。  人心地ついて、ようやく疑問に対して突っ込める状況が生まれた。 「ところで……ここ、なんなの?」 「私の家です」 「お店じゃねぇの?」 「お金はもらってません」  ワケが分からん。  二人はまた顔を見合わせた。 「私はねえ、ただ寂しいだけなんですよ」  二人が店を出る頃には、もう空は白み始めていた。  三人にとって――女も含めて、実に楽しい「宅飲み」だった。  女は、女性が自分独りという職場で働いていて、同世代の同僚さえいないのだという。  その上、越してきたこの町に知り合いもなく、毎夜襲われる寂しさに悩まされていた。 そこで、赤提灯をぶら提げた。  夜には分からなかったが、通りに面したところの窓ガラスにはビール会社のイメージポスターも 貼られていた。  こうしておけば、居酒屋さんと勘違いした誰かが入ってきてくれる気がして――。  女の話は止まらなかった。溜まりに溜まったものがあったのだろう。  二人もそれに合わせて、自分達の仕事の話や最近思ったこと、果てはこの辺の美味しい店の話 などをした。  穏やかな笑いの絶えない夜だった。 「いい子だったなぁ」 「カワイイしな」 「惚れたか?」 「どうかな……とりあえず友達としては大有り」  二人は憤っていた。あんないい子を寂しくさせてる、その会社の連中はなにやってんだ! 「これからは、そんな思いはさせたくねぇな」 「うん、今日も」 「だな、今日も」  そう言い合いながら、二人はネクタイを結び直していた。  それから暫くして、赤提灯は外された。もちろん水着のポスターも。