バイバイ日曜バイバイ  快晴の日曜日、コウジとアヤメは電信柱のてっぺんでサンドイッチを食べていた。 「うまいなー」 「え」 「このパン」 「ああ。この食パン、モチモチしてて美味しいの。駅前の汚い雑貨屋さんで焼いてるパン。ウチの お母さんが見つけてきてさ」 「これ、パン屋で買ったんじゃないんだ」 「うん。汚い雑貨屋さん」 「ふーん」  コウジは、アヤメお手製のサンドイッチを一気に丸呑みしてから、お茶でそれを流し込んだ。 そしてケロリとした顔で、 「もうないの?」 「そんなに美味しかった?」  コウジは必死に頷いた。 「だったら、またお母さんにお願いして買ってきてもらう。サンドイッチなら作るのラクだしね」 「やたっ」  喜ぶコウジ。 「よーし、行くぞお?」 「う、うん」  コウジは振りかぶった。しゃがむアヤメは妙に緊張している。 「とりゃ」 「わっ、暴投!」  コウジが全力で放ったボールは、キャッチャーアヤメの遥か手前で地面に叩きつけられ、跳ね飛 んでいった。走って捕りに行くアヤメ。 「どうだ? カーブだったろ今の?」 「すぐに地面にぶつかったから、曲がったかどうかなんて分からなかったよ……っと!」  ウサ晴らしとばかりに、アヤメも遠くから思い切りボールを投げた。ストライク返球。 「来年なったら俺も兄ちゃんのチーム入るからさー。どーせならピッチャーやりたいじゃん。岡島 みたいなカーブ投げられればなれんだろ」 「キャッチャーミット見ないで投げれば曲がるかもよ」 「そっかー、よし!」  アヤメの言葉を真に受けて、コウジは形から入ることにした。 「行き先はボールにきいてくれ!」 「ちょっと、ホントにやらないでよ! ぜった、あーっ!」  ボールはアヤメの遥か頭上を通り過ぎて行った。当然ながら、捕りに行くのはキャッチャーであ る。  コウジにとってもアヤメにとっても、日曜の夕陽はせつない。  楽しかった今日が終り、そして明日が始まる。学校の始まる明日が。二人とも、油断をすれば海 よりも深い溜息をつくところだった。  コウジは家に帰ってから、まる子とサザエさんと、それから巨人戦を見るつもりだった。今日の 巨人戦は昼間に行われていたことも知らずに。  アヤメは、すぐに風呂に入りキャッチボールの汗を落とすつもりだった。そして春休みの宿題の 仕上げをして、10時には寝るつもりである。 「そういや、コウジ宿題やったの?」 「その話はするな……今、どうやって明日掛川(担任)を誤魔化そうか考えてるところだ」 「いつもそうだけど、やってないんだね。言えば写させてあげたのに」 「正直、写すのもめんどい。500円やるからお前やってくれ」 「もう、バカ!」 《バイバイ》をすると、区切りが付く。嫌な気分の時には嬉しいが、こういう楽しい気分でいたい 時には、したくない行為だ。  だが、アヤメは家の前に辿り着いてしまった。 「…バイバイ」 「バイバイ」  アヤメは言い出しにくそうに、コウジはサラッと《バイバイ》をした。そしてフイッとまた歩き 出したが、すぐに立ち止まった。 「…また明日な」 「…うん、また、明日」  明日は、一学期が始まる。